最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)976号 判決 1957年10月24日
神戸市生田区元町通五丁目八一番地
上告人
秋山寛
右訴訟代理人弁護士
滝逞
兵庫県神崎郡市川町下瀬加二七四番地
被上告人
岩崎はるゑ訴訟承継人
岩崎三次
同所同番地
被上告人
同
岩崎義晴
同所同番地
被上告人
同
岩崎義直
同所同番地
被上告人
同
岩崎義信
同所同番地
被上告人
同
岩崎晋
同所二八一番地の一
被上告人
同
岩崎恵美子
兵庫県神崎郡神南町船津五〇七八番地
被上告人
同
小林冨美子
右七名訴訟代理人弁護士
本田由雄
右当事者間の売買無効確認等請求再審事件について、大阪高等裁判所が昭和三〇年六月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求むる旨の申立があり、被上告人は上告棄却を求めた。
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
原判決は、夫婦である岩崎三次、はるゑ両名から訴訟代理の委任をうけたと称する弁護士貝出武夫が、昭和二三年二月二五日上告人に対する売買無効確認請求等の訴を、神戸地方裁判所姫路支部に提起し、同庁昭和二三年(ワ)第一八号事件として、審理の結果、右両名の敗訴に帰し、次いで貝出弁護士は引続き右両名の代理人として、大阪高等裁判所に控訴を申立てたが(同庁昭和二四年(ネ)第三三〇号事件)、敗訴の判決を受け、更に当裁判所に上告を申し立てたが、上告棄却の判決をうけたことは、当事者間に争ない事実として確定した上、その挙示する資料によつて、右各訴訟における貝出弁護士に対する訴訟委任は、岩崎三次が、妻はるゑに何ら、はかることなく勝手に、同弁護士に依頼したもので、はるゑ名義の委任状は三次の偽造に係るものであると認定し、従つて右各訴訟は、はるゑに関する限り訴訟代理権のない者によつてなされた不適法のものであると、断定したものであることは、判文上明らかである。又一方上告人は、原審において、右三次は神戸市在住の某女性の許に常住していた事実は全くなく、三次、はるゑ夫婦は、その息子らと共に、その居村である所論の住所に居住していたものであり、従つて前示訴の提起は固より、前示控訴、上告とも両名協議の上でなされたものであつて、貝出弁護士に対する前示訴訟委任状も、三次がはるゑの意思に基づき署名代理をしたものであると主張した上、これを証拠付くべき事実として所論各事実を主張したものであることは、記録上明らかである。
思うに、本件記録によつて認め得らるる前示訴訟が訴提起以後四年余り継続していたその間に、三次、はるゑ夫婦が所論のようにその住所に同居し、且つ正常な夫婦生活を持続していたものとすれば、はるゑにおいて、前示訴訟を知らず且つ貝出弁護士に対する訴訟委任についても無関係であつたものとは、到底考えられないが故に、原審が原判示のように認定するに当つては、その点を考慮に入れ、果して右夫婦が、同居していたか否かを十分審理検討すべきを当然と考えられるにも拘らず、原判文によつては、それらの点に原審が思を運らした形跡はこれを認めるに由がない。のみならず、論旨主張のような各事実は、原審証人木村文〓、佐伯岩吉のそれぞれ証言しておるところであるから、右証言がもし措信可能とすれば、はるゑは前示訴訟の係属並びに訴訟委任の各事実を熟知していたものと、一応認めざるを得ない筋合であるに拘らず、これらの点についても、原判決は、いささかも言及してはいない。さすれば、原判決は前記認定をなすに当つて、重要なる争点を看過して審理をつくさず、理由不備の欠点を蔵するものと認めざるを得ないが故に、論旨は結局理由あるに帰する。
よつて、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)
昭和三〇年(オ)第九七六号
上告人 秋山寛
被上告人 岩崎はるゑ
上告代理人滝逞の上告理由
第一点 原判決は、民事訴訟法第一八五条が基本原理としておる実験法則に違反して事実を認定せる違法がある。
原判決は、その判決理由において、本件山林は、……義隆の死亡によりその両親たる被上告人及び三次が遺産相続し、両名の共有名義となつたもので被上告人としては、その登記等については、一切、夫三次の為すに任せてゐたこと、本件山林がその後上告人名義に書き換えられてゐることについては、被上告人も承知して居た事実はこれを推断し得られるが、上告人提出の全証拠を以てしても、いまだ、被上告人に於て前示訴訟(神戸地方裁判所姫路支部昭和廿三年(ワ)第一八号事件、大阪高等裁判所昭和廿四年(ネ)第三三〇号事件を指す)が、被上告人名義を以て為されゐた事実を了知してゐたと認定するにも足らず、況んや、被上告人と夫三次とが相談の上、右訴訟を提起したもので、前示弁護士(貝出弁護士を指す)に対する訴訟委任は、被上告人の意思にもとづいて夫三次が被上告人名義の委任状を作成したものと認めることはできない、と判示しておるが、上告人提出の証拠たる人証(上告人が本件山林の管理を頼んでゐた木村文〓及び当時被上告人及夫三次の居村部落の区長をしてゐた佐伯岩吉両名の証言)により、(イ)前示の昭和廿四年(ネ)第三三〇号控訴事件の繋属中であつた昭和廿五年四月の末、被上告人及夫三次の息子が本件山林より、雑木二十駄位を伐採したること、(ロ)右の両名が右雑木の伐採及びその持帰りしておる現実を捉えて被上告人及その息子に対し盗伐の不法を詰責したること、(ハ)この詰責に対して被上告人は「今後はせぬ、今後は切らぬ」と言ふたこと、(ニ)被上告人及び夫三次の家庭では、神戸地方裁判所姫路支部に提起した本件山林取戻し請求の第一審判決に敗訴した為め、その直後に、大もめし息子が怒つて三次を空きドラム罐に抛込んだといふ風評の存在せしことは、明瞭そのもので、全く否定するを得ない事実である。
この歴然たる事実に対し被上告人は、一切を知らぬ存ぜぬの一点張りをもつてするなれば非違を達成し得ると思料して、自己の居宅で木村、佐伯の両名から面と向つて盗伐の詰責を受けたる事実並に「今後は伐りませぬ」と自身の口から言つた事実をも総て否定しておるが、その供述の全く虚偽であつて、偏えに、ウソを押しつらぬこうとして居るものである事は、その証言の大部分がウソで固まつてゐる夫の三次に於てさえ「昭和廿五年頃、息子が本件山林の雑木を伐つて文句を言はれた事につき私は、自分がよくするから伐つたらよいと家の者に言ひました」と証言し、以て盗伐を詰責されたことを認めて居る事実に徴しても、明瞭に過ぎるほど明瞭な次第である。
そこで、之を経験法則に照らすなれば
(イ) 被上告人が、実際真に、貝出弁護士に委任して本件山林取返しの訴訟をしておることを知らず、又第一審で敗訴したことを全然知らなかつたのなら、被上告人にありては、本件山林は夫三次と自分との共有物なることを考え、木村、佐伯の両名から為された盗伐の詰責に対して、必らずや、自家の所有山林を息子に伐らすのが何が悪いか、といふやうに強烈なる反駁を為し、且つその後も引続いて伐採を敢行したるべきである。然るに、被上告人が一言半句の反駁もせず又、事後全然伐採をしなくなつたのは、これ全く、直接、間接、訴訟委任に関係しており、又第一審敗訴の事実を了知しおるに因由すると断ずるを適正とするものである。
(ロ) 更に尚ほ、被上告人に於て、真に、貝出弁護士に対してした訴訟委任のことに全然関与のないものだつたら、木村、佐伯の両名から盗伐の詰責を受けたる事に深く疑を懐き、その直後より、万障を操合せて自己自ら又はその息子等によつて、本件山林の所有関係がどうなつておるかの調査を開始するのが、当然必至のことであり、その調査の方法としては、いとも容易い方法であるところの、司法書士に頼んで不動産登記の閲覧を取りさえすれば、立ちどころに、その所有名義は疾く既に上告人名義になつてしまつて居り、これが取り返しの為め、夫三治と被上告人との共同で、神戸地方裁判所姫路支部に出訴しておることが、如実に、判明する次第である。そうして、若し、被上告人に於て、夫三治のしておる自分との共同の訴訟行動そのものに、不満や不足があつたとしたら、即刻直ちに、自己独自の法律行動等を起したるべきである。
そうであるのに、被上告人は、前掲盗伐の詰責を受けたる昭和廿五年四月の末から三ケ年半の長きに亘る間、何等の法律行動等をせずに、昭和廿八年十月廿三日に至つて、本件再審の訴を起して来たことは、全く以て、奇怪の極みである。
よつて、之を、経験上の法則に照らして見るなれば
畢竟、被上告人は、前訴、取返し訴訟の第一審の始めより、乃至はその後の中途より貝出弁護士に対して自己名義に於てなされある各訴訟委任の次第を、明認又は黙認して、その成行を見守つてゐたのだつたが、自分等の敗訴に確定してしまつたので、ここに、夫三次と、しんらつなる示し合せを為し、その結果デツチ上つたのが、本訴、再審の訴の原因となせる歪曲の事実関係であると断ずべきを、適切至当とするものである。
されば、原判決は、実験法則に著反して事実の認定をなせるの違法を有し、到底、破毀を免れぬものと信ずる。
第二点 原判決は、民事訴訟法第三九五条第六号にいわゆる判決に理由を附せず乃至判断遺脱の違法がある。
原判決に摘示のやう上告人は、貝出武夫弁護士に対する被上告人名義の各訴訟委任状は被上告人の意思に基ついており夫三次の偽造ではないと主張し、
この事たるや、前訴訟が第一審で敗訴となるや、被上告人の息子等が、これを憤つて三次を責め、三次を空きドラム罐に放り込んだる事実があり、又控訴審に繋属中被上告人の息子が山林の雑木を盗伐したので、上告人の管理人が、被上告人部落の区長を同伴し、被上告人を詰責したるに対し、被上告人は、済まん事でした、今後は伐りませんと陳謝した事実のあることに徴し、明瞭である旨を、主張せしものである。
而して、右の事実の存在については、木村文〓、佐伯岩吉の両証人が、如実に、明確に、証言しておるのである。然るに、原判決は、右上告人の主張し、立証したのに対し、何等の判断も、下さないのである。
然しながら、これらの事実の存在は、当然に、判決に影響を及ぼす筋合であるゆえ、結局、原判決は、理由不備乃至判断遺脱の違法があり、破毀さるべきものと信ずる。
以上